1962年の9月の終わり、アールズコートでのロンドン・モーターショーに間に合うようにMGBは登場した。ベストセラーだったMGAは既にデビューから7年経っていたが基本的に変わらないまま。いっぽう1.8リッターの“B”と呼ばれていたニューモデルはまったく別の車だった。外寸はMGAよりわずかに小さいにもかかわらず、MGBは乗員2名とその荷物のためにはるかに広い室内スペースを備えていた。
MGBはたちまち大人気となった。しかもその人気は時が経っても衰えることはなかった。それもそのはず、どんどん変化する世の中の要求に見事に応えていたからだ。すでに、窮屈な思いをして膝にしたたる雨漏りを我慢しながらスポーツカーに乗るといった時代ではなくなっていた。新世代が求めていたのは、晴れた日には幌を開けて風に髪をなびかせ、雨の日には幌を閉めて雨をシャットアウトすること。当たり前だって? そう当たり前のことだ。しかし、今から半世紀前はその当たり前を実現するのが並大抵ではなかった。
MGBはMGブランドにとって真に大きな飛躍だった。格段に機能的なシート、適切な耐候性、そしてガラスの巻き上げ式ウィンドー。おかしなことを言っていると思わないでほしい。1962年当時、レギュレーターで上げ下げできる格納式サイドウィンドーは驚くべき新装備だったのである。
大きく改善された室内スペースは、一にも二にも2シーターMGとしては初めて採用されたモノコック構造ボディの賜物である。オープンカーに欠かせないセンターセクションの剛性を確保するためには、プレスされたフロアパネルと、太い角断面構造メンバーがサイドシル下部に備えられていた。MGBのボディがしっかりしていることはすぐに評判となったが、いっぽうそのスタイルの素晴らしさが正当に認められるまでには少々時間がかかった。というのは、もともとのMGのファン層は保守的な人たちであり、クリーンで上品なMGBの形は1962年当時としては非常にモダンだったために、そんな伝統主義者たちはショックを受けてしまったのだ。それとは対照的に、一般の人はディーラーに殺到、BはMGAのセールス記録を更新するほどのヒットとなった。
その当時も、そしてその後もほとんど注目されることがなかったのだが、MGBはモータースポーツでも非常な成功を収めた。しかしながら、あの頃は知ってのとおりBMC(ブリティッシュ・モーター・コーポレーション)レース部門の黄金時代で、レースやラリーで大活躍するビッグ・ヒーレーやミニが派手に取り上げられていた時期だった。要するにMGBは主役の陰に隠れた格好になっていたのだ。
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June 20, 2020 at 02:58PM
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